身体を制する



先週の日曜日はhusbandと共に
「ハイヒールの哲学」
エクササイズ 実践編の撮影撮りの
テストを行った



彼は毎朝、私が行っている
ハイヒールで歩くための
素足のエクササイズを知っているが
それでも私がカメラに向かいながら
レッスンのように声を張り上げて
身体を動かす私を見た後に、一言



「見ているだけで筋肉痛になりそう・・」



「・・・?! 見ていただけでしょ(笑)」
こう、答えた(笑)



毎朝、行っているにも関わらず
レッスンと共に身体を動かしているにも
関わらず、撮影撮りのテストを終え
特に、両脚の内腿とヒップが筋肉痛で
悲鳴を上げ、同時に声を張り上げながら
行っているため、酸欠に近い状態になった



まるで、目の前にクライアントが
いるかの如く、自分の身体の感覚と
意識と同じタイミングで声を出して
いるため、想像以上にハードだった



テスト撮影を行った結果、カメラや
照明を増やす必要があるとの事で
彼の休みを利用して来週から本撮りを
開始する予定である



筋肉とは奥が深いと思っており
自分では意識をして動かしている
つもりでも、意識の到達のレベルが
満たない為、可能性を秘めているにも
関わらず、眠らせた人が殆どである



それも一度、手応えを掴んだからと
安心すると、無意識に退化し始め
如何に、最高な状態で身体を保つかは
生命力に溢れて生きる事と重なる



身体とは人生の哲学に比例しており
始めのスタート時に転けてしまうと
回復をさせ、元のレベルへ引き上げる
だけでも必要以上のエネルギーを使う



例えば、素足のエクササイズの状態で
前足を地面に着地をさせる瞬間
この僅かな瞬間に前足の母子球に体重が
乗らず、外側へ体重が流れてしまえば
その延長線で脚の内側の筋肉を使って
身体を支える事は難しく、若しくは内側へ
体重を戻すために無駄な労力が必要となる



前足を地面に着地をさせる瞬間
この時に、意識を身体へ深く
入れるために、後ろ足の母子球で
床に穴が空くのではないかと云うほど
地面をプッシュし、前足も同じく床に
穴が開くのではないかと云う程まで
母子球で地面をプッシュする



この時にヒップをギュッと
圧縮させることで
一層、下半身の筋肉を強化させ
体重が外側に流れるのを防ぐ



サンドイッチをイメージしていただきたい



前足と後ろ足がサンドイッチの
パンであり、具の部分が筋肉
パンを潰して、サンドイッチを
圧縮させるような感覚である



前足と後ろ足の母子球の両方で
床を限界までプッシュすることで
筋肉が泳ぐことなく、外側に流れて
しまう行き場を無くすのである



身体の軸が戻ると、エネルギーは返り咲く



しかし、多くの方が自分の軸が
ブレてしまうことに気づかずに
生きている



恐ろしいことは、その歪みにさえ
気づくことなく心地良いとさえ思い
生きていることである



身体は日々のポジションが正しいと
思い込む修正を持っているので
曲がっている状態であれば、それが
正しいと思い込むのも私達の身体である



身体に痛みを抱えている方や
腰痛、外反母趾のトラブルを
抱えている方も身体の芯がずれ
同時に適切な筋肉を使えておらず
本来、使うべきでない箇所の
筋肉が代わりに仕事を行うために
痛みとして警告ランプのように
身体が知らせているに過ぎない



痛みに焦点を当てるのではなく
それは身体が間違った身体の
使い方をしていると知らせて
いるのだと云うように受け止める
ことが出来れば、行動は変わる



身体とは非常にシンプルであり
複雑であるが、それは美しさの
世界に於いても同じことである



宙に浮いた状態で闇雲に身体を
動かすのではなく、身体の理論を
知り、動かすのとは全く異なる



身体とは自分の意志で動かすのである



動かされているような状態では
どんなに健康な身体を手に入れたいと
思っても、どんなに美しい身体を
手に入れたいと思っても他力本願である



身体の理論がベースとして
声を大にして申し上げるが
楽して何かを手に入れようとは
不可能である



パリの美しさもルールに従った
規律が守れているからこそであり
コントロール力が美しさに現れた
一部にしか過ぎない



私たちの身体も同じであり
コントロール力があるからこそ
美しさへと変わるのである